新井宿城
●地図● 東京都大田区山王 2017年5月28日更新(訪問日:2011年9月24日)
◆概要◆
築城年代および築城者は不明ですが、1559年に後北条氏が作成した「小田原衆所領役帳」によると、梶原日向守が新井宿51貫文を領したことが記録されています。 梶原日向守は梶原助五郎の親族と考えられています。 当時の梶原氏は品川区の大井に屋敷を構えていました。 品川は鎌倉時代から大井氏一族の品川氏が治めていましたが、1424年に上杉禅秀の乱に加担したことにより所領を没収されています。 梶原氏は室町時代の鎌倉公方の奉行人に梶原持景の名があり、その頃から続いていると思われます。 城域は推測の域を出ませんが、善慶寺の裏にあり周囲を見渡すことが出来る熊野神社の小山が有力と考えられています。 後北条氏が滅びた時に梶原氏も運命を共にしたとみられ、梶原氏の領地は徳川家康に仕える大工の棟梁・木原吉次に与えられました。 木原吉次は江戸城や日光東照宮などの建設に尽力した人物です。 尚、江戸時代に年貢の減免を直訴した『新井宿義民六人衆』の墓が善慶寺にあります。


善慶寺山門

善慶寺本堂

熊野神社鳥居

熊野神社

熊野神社

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