岸和田古城

所在地:大阪府岸和田市野田町1丁目
2012年2月26日(訪問日:2011年8月2日)

◆概要◆


鎌倉幕府が滅びると、倒幕に功のあった楠木正成が和泉国の守護となりました。 楠木正成は甥の・和田(にぎた)新兵衛高家を岸の地に配置し、城を築いたのが岸和田古城の始まりとされます。 「岸」の地に「和田」氏が城を築いたというのが「岸和田」の由来と云われていますが、この説は江戸時代に生まれたと考えられています。 後に岸和田城は現在地へと移りますが、その時期は明確ではありません。 2006年から翌年にかけて行われた発掘調査では、伝承とされていた古城の位置が古図に描かれた配置とほぼ一致すること、 本城部分は15世紀後半に修築され、16世紀はじめ頃には廃絶していたことが判明しました。 古城跡は現在は住宅街となっており、それまで残されていた土塁などの遺構は全て破壊されています。 「和田氏居城伝説地」の石碑と説明板だけが、かつてそこに城があったことを伝えています。

岸和田古城 城址碑と説明板
城址碑と説明板
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