府内城
所在地:大分市荷揚町
2019年9月1日更新(最終訪問日 2019年8月9日) | ||||
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◆概要◆ 大分市の中心に位置する梯郭式平城で、大分城とも呼ばれます。 侍町である三の丸が北西から南東に大きく広がり、本丸を囲んでいます。 それぞれの曲輪は堀で仕切られ、渡櫓・廊下橋で連結されていました。 大友氏時代は「荷落」という地名でしたが、大友義統の改易後に城主となった福原直高が縁起を担いで「荷揚」と地名を改めました。 関ヶ原の戦で西軍に属したため、福原直高はわずか3年で改易されました。 次に城主となった竹中重利は大改修を加え、四重の天守を建てました。 この天守は江戸中期の1743年に火災のため焼失し、現在は天守台のみが残っています。 江戸時代には府内藩の藩庁が置かれ、明治時代に本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却されました。 太平洋戦争の空襲により櫓が数棟焼失しましたが、人質櫓と宗門櫓が現存しています。 また、3棟の二重櫓と大手門、土塀、廊下橋などが復元されています。 |
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平櫓と着到櫓 平櫓と二階櫓(工事中) 着到櫓 大手門 大手門 百名城スタンプ 府内城絵巻コンテナハウス 宗門櫓(荒壁の乾燥中) 仮想天守(夜間は光ります) 西之丸角櫓〜着到櫓の内堀 西之丸角櫓と西側の内堀 西側の出入口 二階櫓跡 冠木門跡 廊下橋 本丸櫓台 天守台 天守台から見た廊下橋 廊下橋と二階櫓跡 山里丸の石垣 廊下橋 山里丸跡にある松栄神社 天守台、本丸櫓台と仮想天守 人質櫓 帯曲輪の公園は工事中 帯曲輪沿いの水路も堀跡 帯曲輪沿いの堀跡 |
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