貝那木山城

所在地:奈良市都祁白石町
2012年5月3日(訪問日:2011年8月3日)

◆概要◆


貝那木山城は天文年間(1540年頃)に多田延実により築かれました。 多田氏は鎌倉時代はじめ頃に多田経実が多田佐比山に本拠を構えたことに始まります。 多田氏は次第に勢力を拡大し、福住氏、吐山氏らとともに東山内衆の有力者となりました。 この地は興福寺領でしたが、南北朝時代に多田氏は南朝方に属し、伊勢国司・北畠氏を後ろ盾として興福寺領を侵食することで勢力を拡大していました。 北畠氏が室町幕府に屈した後は越智氏に属し、幕府方となった筒井氏や吐山氏らと激しく争いました。 一時は越智氏が筒井氏を滅亡寸前にまで追い詰めましたが、筒井順昭が勢力を盛り返した頃、多田氏も白石庄を手に入れて、軍事・統治の拠点として貝那木山城を築き本拠としました。 筒井順昭が没して松永久秀が大和国に侵出してくると多田氏は筒井氏を支え、やがて筒井順慶が織田信長により大和守護に任じられました。 そして1580年、織田信長の破城令により大和郡山城と高取城を除く大和国内の城は全て破却されました。 その後も多田氏は筒井氏に従いましたが、小田原征伐の山中城攻めで討死し、多田氏は断絶しました。
貝那木山城
この家の脇の道から登ります
貝那木山城
突き当りから徒歩で登ります
貝那木山城
主郭にある城址碑
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