浦賀城
所在地:神奈川県横須賀市東浦賀町
2017年3月22日更新(訪問日 2011年5月3日) | |
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◆概要◆ 戦国時代に三浦義同により築かれたものと考えられています。 伊勢宗瑞(北条早雲)により三浦氏が滅ぼされると、海賊衆は「浦賀定海賊衆」として玉縄衆に組み入れられました。 三浦半島には対岸の里見水軍がしばしば来襲しており、そのため他国より水上戦に長けた者を多数スカウトしていました。 また、大規模な造船施設を建造するなど、浦賀は後北条氏の一大水軍基地として位置づけられていました。 城跡からは東京湾を一望でき、晴れた日には対岸の房総半島がよく見えます。 1590年の小田原征伐の際には浦賀の水軍が下田城防衛に派遣されましたが、後北条氏の滅亡とともに廃城となりました。 現在城跡には叶神社があり、幕末には勝海舟が咸臨丸の航海の無事を祈念するため断食を行った場所としても有名です。 |
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登城口にある叶神社 勝海舟断食の碑 勝海舟が断食した奥の院 主郭 説明板 城跡からの眺め |
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