村岡城

●地図●

 神奈川県藤沢市村岡東3丁目
2017年3月20日更新(最終訪問日 2011年9月24日)

◆概要◆


村岡城は923年に平良文により築かれました。 平良文は地名をとり、村岡五郎と名乗るようになりました。 平良文は坂東八平氏の祖とされ、その子孫には秩父氏や上総氏、千葉氏などがあります。 平将門は兄・平良将の子で、平良文の甥にあたります。 村岡の地はその後も平良文の子孫である鎌倉氏、俣野氏が治めています。 村岡城は鎌倉のすぐ西に位置するため、鎌倉時代末期には何度か激しい戦闘が行われました。 室町時代になると伊勢宗瑞(北条早雲)が伊豆から相模に進出。 さらに、三浦半島進出の拠点として、村岡城の東約1kmの所に玉縄城を築きました。 村岡城はその支城として改修され、高谷砦として後北条氏に利用されていました。 1590年に後北条氏が滅ぼされるとその役割を終え、廃城になったと考えられます。 現在城跡とされる場所は村岡城址公園となっていますが遺構は全く無く、平良文の子孫である東郷平八郎による石碑があります。


公園の前の道

村岡城址公園の入口

公園内の様子

城址碑

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