新井城

所在地:神奈川県三浦市三崎町小網代
2017年3月8日更新(訪問日:2011年5月3日)

◆概要◆


小網代湾と油壺湾に挟まれた小さな半島に新井城がありました。 三方を海で囲まれており、引橋と呼ばれる箇所の橋を落とすと半島先端部には陸路で攻め込むことが出来ない構造でした。 しかし関東大震災で隆起し、往時とは地形が変わったようです。 写真の荒井浜は当時は海底でした。 天然の要害であり、北条早雲が攻め落とすのに3年の歳月を要したほどです。 落城時には城兵の血で海が赤く染まり、その様が「油壺」という地名の由来となりました。 その後は安房国からたびたび攻めてくる里見氏に対する前線基地として横井氏を城代に据えました。 廃城時期はわかっていません。 城跡には現在、京急マリンパークと東大の施設があります。 東大の施設は立入禁止となっていますが、周囲をめぐるハイキングコースから土塁や堀切などを見ることができます。 また、城跡の北側には北条早雲と戦って敗れた三浦義同の墓があります。
新井城 荒井浜と城址遠景
荒井浜と城址遠景
新井城 東大の施設
東大の施設
新井城 引橋
引橋
新井城 堀切
堀切
新井城 断崖絶壁
周囲は断崖絶壁です
新井城 三浦義同の墓
三浦義同の墓
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