土浦城
所在地:茨城県土浦市中央1丁目
2018年4月21日更新(最終訪問日 2018年4月21日) | ||||
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◆概要◆ 土浦城は霞ヶ浦付近の湿地帯にあって度々水害に遭っているものの水没することがなく、水に浮かぶ亀のように見えたことから「亀城(きじょう)」の異名を持っています。 本丸・二の丸を中心に三の丸・外丸の他、武家屋敷や町屋を含めて北門・南門・西門を結ぶ堀で囲まれた総構えでした。 戦国時代は小田氏の支配下にあり、江戸時代には結城秀康をはじめ松平(藤井)氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏、松平(大河内)氏とめまぐるしく城主が代わりました。 土屋政直が入城してからは、明治維新に至るまで土屋氏(9万5000石)の居城となりました。 1873年に廃城となり、本丸跡は土浦県庁、新治県庁、新治郡役所、自治会館などに利用されました。 現在は本丸と二の丸の一部が亀城公園として整備されています。 本丸の櫓門、裏門の霞門、二の丸と外丸の間に移建された旧前川口門(高麗門)が現存しており、東櫓と西櫓が復元されています。 2017年4月6日に続日本100名城に選出されました。 |
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外堀 櫓門の礎石 外堀(博物館の裏) 外側から見た東櫓 霞門と東櫓 霞門 内側から見た東櫓 東櫓から見た霞門の桝形 本丸櫓門 外から見た本丸櫓門 内側から見た本丸土塀 外郭の土塁(外側は堀跡) 旧前川口門(城内で移築) 西櫓 |
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江戸時代の土浦城郭図 |
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