安中城

所在地:群馬県安中市安中
2017年7月29日更新(訪問日:2014年5月17日)

◆概要◆


北に九十九川、南に碓氷川が流れる舌状台地上に築かれています。 文化センターの北側の城塁が雰囲気を感じさせますが、城内は市街地化されていれ遺構は残っていません。 安中城は武田信玄が上野国へ侵攻し始めた1559年に、この辺り一帯を治めていた安中忠政により築かれました。 安中忠政は本拠の松井田城を改修し、嫡男の安中忠成にこの城を守らせました。 1564年の武田軍に攻められ落城し、安中忠成は降伏しました。 父親の安中忠政は松井田城で抵抗を続け、最終的には自害してしまいます。 安中忠成は1575年の武田家臣として長篠の戦に従軍して戦死し、この時に安中城は一度廃城となりました。 その後、1614年に徳川家康の家臣で井伊直正の長男・井伊直勝が安中3万石の領主となり、安中城を再築城しました。 以後、安中藩の藩庁として水野氏・堀田氏・板倉氏などが藩主となり、1702年に藩主となった内藤政森が城主格となったため、「城」として改修されています。 明治時代になると廃城となり、本丸には小学校や文化センターなどが築かれました。


現地にある現況対照図(凡例

1.北側

2.北側

3.北側

4.旧安中藩郡奉行役宅

5.説明板

6.旧安中藩武家長屋

7.説明板
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